FLOOPでつながる「教育」と「社会」
〜子どもたちのソウゾウ力を育む探究型学習の実践に向けて〜
富士フイルムビジネスイノベーション株式会社のサステナブルな地球の未来を探究する体験型施設「Green Park FLOOP」のオープンに先立ち、「社会にひらく探究型学習〜ソウゾウ力の育み方〜」と題したイベントを開催しました。
ゲストにお迎えしたのは、株式会社スマイルバトン代表三原菜央さんと慶應義塾大学教授博士(政策・メディア)石戸奈々子さんのおふたりです。ICT、探究型学習、STEAM教育、SDGs学習、環境教育など、学校教育で扱うべきスキルやトピックが増え続けるなか、「子どもたちの幸せのために教育ができることは何か?」について改めて考えたクロストークの模様をお届けします。
新しい学びのために挑戦を続けるゲストのご紹介
はじめに、ゲストのおふたりの活動内容をそれぞれ簡単にご紹介します。
慶應義塾大学教授博士(政策・メディア) 石戸奈々子さん
石戸さんが代表を務めるNPO法人CANVASでは、「遊びと学びのヒミツ基地」をキャッチフレーズに、子どもたちの創造的な学びの場を産官学民連携で提供されています。
その取り組みのひとつが「ワークショップコレクション」です。まだ子どもの体験型施設が少なく、知識の記憶や暗記に大きな力点が置かれていた20年以上前。世界各国のチルドレンズミュージアムをまわって刺激を受けた石戸さんが、「子どもたちが主体的で協働的で創造的になれる、新しい学びの場をつくりたい」という想いで始めた活動です。今では、2日間で10万人の子どもたちが訪れるイベントへと育ち、全国各地で開催されているそうです。
そんなCANVASでは「場をつくる」「プログラムをつくる」「拠点をつくる」「人材をつくる」「教材をつくる」「ツールをつくる」「空間をつくる」「環境をつくる」「まちをつくる」「未来をつくる」の“10のつくる”を大切にしていると語る石戸さん。当初は、ワークショップという言葉が日本で普及しておらず、学校にコンセプトを理解してもらえなかったことから、課外活動として始めるしかなかった、と言います。
しかし、8年経って振り返ってみると、50万人の子どもにしかアプローチできないことに気づき、テクノロジーの導入をトリガーに学校に入ることを決意。コロナ禍の後押しもあり、「1人1台の学習端末の配布」「プログラミング教育の必修化」「デジタル教科書導入のための法改正」「学校教育の情報化の推進に関する法律の制定」を実現しました。
その後も、子どもたちが社会とつながりながら、教科横断型で自分の興味関心を起点とした楽しい学びを実践できる社会構築を目指し、「超教育協会」の活動もされている石戸さんは、「頭で想像することも大事だけど、もっと大事なのは実際に形にして創造すること。ワークショップを通じて、子どもたちにこの重要性を伝えていきたいし、子どもたちがフルスイングできる社会を目指して大人も創造しつづけたい」と語りました。
株式会社スマイルバトン代表 三原菜央さん
新卒から8年間、専門学校や大学で教員として働いていた三原さん。その後、事業会社へ転職し、リクルート時代に立ち上げたのが「先生の学校」です。
「先生の学校」は、先生のための教育メディアコミュニティ。有料・無料あわせて会員数10,000名を超える先生が集います。
その活動内容は、年3回発行する雑誌「HOPE」の発行、月に3回以上オンラインイベントを開催、国内外の教育現場を取材した記事などを届ける週刊メールマガジンの発行、YouTube番組の配信、インターネットラジオの配信です。
なぜ三原さんが先生を対象とした教育メディアコミュニティを立ち上げたのかというと、「小・中学生の不登校数過去最多」「小・中・高校生の自殺者数過去最多」「教育格差の拡大」など、子どもたちを取り巻く不幸な現象が起きている背景には、それらをつくっている大人に課題があると思ったからだと言います。
「子どもたちが受け取って思わず笑顔になる社会とは、未来のそばにいる大人たちが笑顔の社会である。子どもたちが長時間過ごす学校というセカンドプレイスを支える先生の力になることで、そのような社会をつくっていきたい」
そんな「先生の学校」で三原さんが大事にしているのは、「PVにとらわれず、ひとりでも多くの人に気づきを与え、動き出したくなるようなメディアにすること」、そして「情報を消費するだけでなく、作り手にもなれる機会を提供すること」の2つです。「先生方に良い気づきを届け、その気づきを得た先生方が目の前の子どもたちに良い気づきをギフトできるような循環の構築を目指しています」と語る三原さん。
コミュニティに参加している先生方の中で「子どもたちを見る目が変わった」「成績の付け方を見直してみることにした」といった変化が生まれることをKPIとしていると言い、「先生方のウェルビーイングのために不足している“つながり”の強化を、私たちが担っていけたら」と述べました。
「子どもたちが『社会課題』や『環境課題』を自分ごととして捉え、取り組むために、必要な学びとは?」
三原さん:
2022年から新学習指導要領になり、「探究」が特に高校で大きなキーワードになっています。これまで先生方も“正解のある問い”にしか答えてきていませんから、いきなり「答えのない問いと向き合いましょう」と言われても、何をしていいのかわからないのは当然ですし、従来の凝り固まった教育観から解き放たれるためのマッサージのようなものが必要だと思うんですね。
その上で、探究をドライブさせるために大事なのは、「身体性をともなった学びにしていくこと」と「自分にも創造できると思える自己効力感を高めること」の2つだと考えます。
どれだけ「当事者意識を持とう」と口で言っても、体験したことがない物事に対して当事者の立場で考えるのは本当に難しいことなので、まずは現場に行くとか当事者の話を聞くなど、もっと社会とつながりながら身をもって体験する。そうすれば、何か少しでも変わってくることがあるのではないかと思います。
加えて、消費者として慣れきっていると、そもそも「自分の手で何かをつくれる」という発想がないので、「創り出したい」とも思えない。「自分を取り巻くすべてのモノは自分で創り出せるんだ」と思えるようなマインドセットに変えていくことが大切ではないでしょうか。
モデレーター 鈴木:
石戸さんは、こんなふうになかなか難しいと感じている人が一歩踏み出すためには、何が必要だと思われますか?
石戸さん:
子どもって紙とクレヨンを渡したら、いくらでも描き続けると思うんですね。そこに正解なんてないけれど、誰もそんなことは気にしていません。でも10歳くらいになると、絵を描きたがらない子が出てくるんです。それは周りの大人に「うまい」とか「うまくない」とか評価されて、「自分はうまくないんだ」と思った瞬間に、描
くのが嫌になってしまうから。大人の価値観を押し付けないことが大事だし、同時に、社会全体が多様性に対して寛容になる必要があると思います。
それと、アウトプットだけに目を向け過ぎないことです。ほんとうは頭の中につくりたいもののイメージがあったけれど、限られた時間でそこまで辿り着けなかっただけかもしれませんよね。つくる上でのプロセスを、もっと大事にしてほしいなと思います。
「『教育』と『社会』をつなげるには?」
三原さん:
先生方からは「予算がなくて、なかなか社会とつながるのが難しい」という声が聞かれるのですが、保護者や地域の方とつながるところから始めてみるのが良いと思うんですね。歳を重ねれば重ねるほど、子どもたちのために何かしたいと思っている人はたくさんいらっしゃるので。
たとえばPBL(プロジェクト型学習)で有名なアメリカのハイテク・ハイという高校では、子どもたちの学習の成果を、先生以外の多様な大人たちに見てもらう機会として、「エキシビション(展示会・展覧会)」を大事にしています。そこで「どうしてこれをつくろうと思ったの?」などと声をかけてもらうと、モチベーションが上がって、子どもたちの顔が輝き出すんですよね。
このFLOOPのような施設をエキシビションの場として活用させてもらえたら、そこで働く人たちをはじめとする多くの大人たちとの接点ができ、子どもたちにとって貴重な学びの場になるのではないかと考えています。
石戸さん:
私は世界各国のチルドレンズミュージアムを見て回ったという話をしましたが、その中で素敵だなと思ったのが、ミュージアムの運営の仕方なんです。たとえばあるところは、土地は行政が提供したもので、建物は企業の寄付で建てられており、案内役のファシリテーターは地域のボランティアで成立していました。ボランティアといっても、その活動に参画することで、映画の割引券がもらえたりするなど、地域コミュニティにおける何かしらのリターンがもらえるようになっていて。そんなふうに地域のリソースを回しながら、子どもたちの学びの場を確保しようとしている姿勢がすばらしいですよね。
日本でも、コロナ禍で子どもたちの学びがストップしたときに、大人たちが一斉に学校教育に関心を寄せて、子どもたちを懸命に支えようとしました。ある出版社では子どもたちのために無料で教材を提供したり、ある料亭では居場所がない子どもたちに場を開放したり、ある学校では保護者が学校に入ってデジタル化をサポートしたり。これこそが「教育」と「社会」がつながるということですよね。このような産官学民の連携が日常になったら、きっと教育現場は大きく変わっていくと信じています。
FLOOPを訪れた人々が新たな知識と出会い、想いを言葉で共有し、それらが混じり合った先に、どんな未来を描くのでしょうか。FLOOPは、環境問題やさまざまな技術を分かりやすく学び、サステナブルな地球の未来を探究することができる体験型施設です。未来を探究するきっかけとしてご来館をお待ちしております。
*探求学習:従来のような先生から“与えられた問い”や“正解のある問い”に答えるインプット中心の学びではなく、子どもたち自らが問いを立て、その答えを導き出したいという探究心を大切にしながら学習を進めていく新しい学び